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昔は良かった、でも顧客本位で進化! 速記センターつくば

音声起こし活用推進協議会メンバーへのインタビュー、今回は株式会社速記センターつくばの渡部雅史社長に伺います。

インターネット普及以前の仕事はどんな形態だったのか。業界の歴史が、今回のテーマの一つとなります。そしてまた、歴史ある速記会社でありながら、ぼやきながらも時代の変化に積極的に対応していく渡部社長の先進的な考え方にも注目です!

 

――御社の沿革を伺えますか。

 

渡部雅史社長 1983年に設立して、今33期目です。私の母が創業しました。小学生だったので、あまり当時の記憶はないですが…。母の実家の敷地に事務所を建てて、何人か人を抱えて経営していました。

母は速記士です。速記符号が昔ほど必要なくなってテープ起こしが普及してきたころから、現場には出ずに経営者としての仕事をしておりました。

 

 

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速記センターつくばのWEBサイトには、二つの頂きを持つ筑波山があしらわれている。

 

渡部 母の時代は、主に富士通のOASYS(オアシス)というワープロ専用機でテープ起こし原稿を入力していました。速記士もテープ起こしの作業者も、事務所に来て仕事をしていました。OASYSの業務用機種は高額でしたし、起こしの精度を安定させるためにも来てもらうほうが合理的だったのです。

 

――渡部さんが入社されたのは?

 

渡部 96年か97年です。もうWindowsに入れ替えていました。今考えると、当時はいい時代でした。音声起こしの価格はあってないようなものでしたし、録音時間1時間で納期は1カ月ぐらいなら普通にもらえました。音源は、まだカセットテープが主流でした。

 

――カセットテープの時代は、音源を手渡しかせいぜい宅配便でのやりとりでしたね。ですから、それぞれの土地に地元の速記会社があって、地元の仕事を受注していたと聞いています。

 

渡部 当社も昔は主に、茨城県内の自治体の仕事をしていました。昔はしっかり仕事をすれば、お客様が他のお客様を紹介してくれて、契約も随意契約でしたから、長いお付き合いの自治体さんは多かったようです。

現在もメインのお客さまは県内の自治体さんですが、もはや競争入札の時代ですからね。過去の実績など考慮してもらえず、単なる価格競争のところも多いです。受注単価はピーク時の半分以下のところもあり、大変な価格下落です。

 

――しかも、インターネットが普及してきますね。1998年ごろは低速回線でしたが、やがてブロードバンド化して、音声や動画など容量の大きいファイルも送れるようになってきました。

 

渡部 インターネットの普及でどこにいても仕事はできるようになりましたが、とにかく納期が短くなりました。かつては1カ月も納期がもらえたのに、中1日などと求められるようになります。こうなると、作業者の数を増やさなければ対応できません。

 

 

価格は下落、納期は短縮! どうする?<次ページへ>

 

 

 

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