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2015年9月アーカイブ

音声起こし活用推進協議会メンバーへのインタビュー、今回は株式会社大和速記情報センターです。社長と速記部のお二人にお話を伺いました。


音声を文字化する際の整え方などについては、過去には何冊かの本が出版されていたのですが、現在はいずれの本も入手しにくくなっています。仕事を始めた人が処理に迷ったとき、指針になるものがなかなかありません。

その点、同社は在宅スタッフへの手厚い情報提供が特徴です。

 

津田健司社長 当社は昭和29年創業、61年の歴史を持つ速記と音声起こしを主力とする情報処理の会社です。私は2代目で、2001年に社長になりました。東京本社のほかに大阪・名古屋・福岡に営業所があります。8月に虎ノ門からこの新橋のオフィスに移転して、新たなスタートを切りました。

 

 

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――社内スタッフは何名ぐらいですか。

 

津田 従業員数は約100名、うち70名ほどが速記部です。速記部員の7割が公益社団法人日本速記協会の1~3級を取得しています。

速記部員は現場に行って録音のセッティングをし、速記者席で記録を取ります。録音について、当社は徹底的に研究しています。多人数の会議などでは相当な数のマイクを持参し、録音もメインとサブに加えてもう一つ、トリプルで録ることも普通です。

社員が現場に行けば、万全な録音ができます。資料や発言順の記録なども整えますから、在宅スタッフも仕事がしやすくなります。多いときは1日35件もの録音取材に行きます。それに対応できるキャパシティーが当社の強みです。

 

――映像配信などの業務もされていますね。

 

津田 当社のお客さまは官公庁・民間と多岐にわたります。地方議会の会議録については、インターネット上の会議録検索システム議会映像配信システムも提供しています。仕事をしている人にとって、ウイークデーに議会の傍聴に行くということはなかなかできません。これらのシステムなら誰でもアクセスできますから、開かれた議会を実現するお手伝いができていると思います。

 

 

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――速記や音声起こしの現状や将来を、どのようにご覧になっていますか。

 

津田 狭義の符号速記の技術については、衆議院・参議院の速記者養成所が廃止され、裁判所のソクタイプによる速記官養成も終わってしまいました。本当に残念なことです。

しかし、インターネットの時代とは、情報公開・情報開示の時代です。符号からではなく録音から書き起こすとしても、「人の話し言葉を文字化する」という、広義の意味での速記は将来にわたって消滅しないと確信しています。

 

※符号速記→人の話す言葉を聞きながら手書きの記号で記録する技術

※ソクタイプ→速記符号をタイプする専用のタイプライター

 

 

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音声起こし活用推進協議会メンバーへのインタビュー、今回は株式会社速記センターつくばの渡部雅史社長に伺います。

インターネット普及以前の仕事はどんな形態だったのか。業界の歴史が、今回のテーマの一つとなります。そしてまた、歴史ある速記会社でありながら、ぼやきながらも時代の変化に積極的に対応していく渡部社長の先進的な考え方にも注目です!

 

――御社の沿革を伺えますか。

 

渡部雅史社長 1983年に設立して、今33期目です。私の母が創業しました。小学生だったので、あまり当時の記憶はないですが…。母の実家の敷地に事務所を建てて、何人か人を抱えて経営していました。

母は速記士です。速記符号が昔ほど必要なくなってテープ起こしが普及してきたころから、現場には出ずに経営者としての仕事をしておりました。

 

 

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速記センターつくばのWEBサイトには、二つの頂きを持つ筑波山があしらわれている。

 

渡部 母の時代は、主に富士通のOASYS(オアシス)というワープロ専用機でテープ起こし原稿を入力していました。速記士もテープ起こしの作業者も、事務所に来て仕事をしていました。OASYSの業務用機種は高額でしたし、起こしの精度を安定させるためにも来てもらうほうが合理的だったのです。

 

――渡部さんが入社されたのは?

 

渡部 96年か97年です。もうWindowsに入れ替えていました。今考えると、当時はいい時代でした。音声起こしの価格はあってないようなものでしたし、録音時間1時間で納期は1カ月ぐらいなら普通にもらえました。音源は、まだカセットテープが主流でした。

 

――カセットテープの時代は、音源を手渡しかせいぜい宅配便でのやりとりでしたね。ですから、それぞれの土地に地元の速記会社があって、地元の仕事を受注していたと聞いています。

 

渡部 当社も昔は主に、茨城県内の自治体の仕事をしていました。昔はしっかり仕事をすれば、お客様が他のお客様を紹介してくれて、契約も随意契約でしたから、長いお付き合いの自治体さんは多かったようです。

現在もメインのお客さまは県内の自治体さんですが、もはや競争入札の時代ですからね。過去の実績など考慮してもらえず、単なる価格競争のところも多いです。受注単価はピーク時の半分以下のところもあり、大変な価格下落です。

 

――しかも、インターネットが普及してきますね。1998年ごろは低速回線でしたが、やがてブロードバンド化して、音声や動画など容量の大きいファイルも送れるようになってきました。

 

渡部 インターネットの普及でどこにいても仕事はできるようになりましたが、とにかく納期が短くなりました。かつては1カ月も納期がもらえたのに、中1日などと求められるようになります。こうなると、作業者の数を増やさなければ対応できません。

 

 

価格は下落、納期は短縮! どうする?<次ページへ>

 

 

 

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