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今日も音声起こし中

2014年4月アーカイブ

okoso編集部がある株式会社エフスタイルは、実はテープ起こし(音声起こし)を担当している社員は私だけです。あとの社員はライター系で、理系の記事やコンテンツを制作するチームとビジネス・トレンド系を担当するチームに分かれています。

先週、トレンド系のチームから10代の女の子に聞いてほしいことがあると言われて、ICレコーダーを回しつつ、うちの娘たちに話を聞きました。

 

※私、録音することをどうしても「ICレコーダーを回す」と言ってしまいます。カセットテープレコーダーと違って、ICレコーダーはどこもクルクル回らないのに。

 

…という前振りからスタートしましたが、ここはokosoですので、話題はトレンドネタではございません。実はうちの娘たち、「録音された自分の声を聞くのは初めて」だったのだそうです!

録音後、次女高校1年が聞いてみたいというのでICレコーダーを渡したら。聞きながら「えー? 変ー!」と叫び続けています。自分で聞いている自分の声は、骨の振動も影響する声だから(でしたっけ?)、他人に聞こえる声とは違うのですよね。

 

「えー、これ私の声なのー?」とさんざん叫んだあげく、父親に向かって「ねえ、私、顔と声が一致してなくない?」

夫、じっと考えてから、「いつもその顔でその声を聞いてるから、特に違和感ないなあ」

(まじめに返答するところなのか、そこは)

 

長女にいたっては19歳にして初めて、録音された自分の声を聞いたそうです。

そうなんだ…。

普通、もうちょっと早く、何かの形で「録音された自分の声」って経験しないかなあ。皆さんは最初にそれを聞いたのは、いつ、どんな機会でしたか?

 

久々に、『話し言葉と書き言葉』(藤村勝巳著、残念ながらずっと前に絶版)を読み返していたら、同時通訳の日本語を文字起こしすることについて触れてありました。

 

もうひとつ注意しておきたいのは、国際会議などにおける通訳の日本語についてである。これを録音しておいてテープリライトすれば、日本語の会議録ができると思ったら大間違いである。会場で通訳の日本語を聞いている時は何となく理解できたつもりでも、それを文字化してみると、ほとんど日本語になっていない。意味の通じないところが非常に多い。直訳あり、誤訳あり、脱落あり、意味不明ありで、まず使いものにならないのだ。

特に同時通訳の場合はひどい。

(中略)

初めから原語を完全録音しておいてオーディオ・ライティングし、翻訳する以外に手はないと心得ておくべきである。(『話し言葉と書き言葉』より)

 

同時通訳の話からは脱線しますが、まずは上記の引用部分についてちょっとだけ解説しますね。

テープリライト」は、テープリライト株式会社が商標登録しており、同社に無断で使うことができない言葉です。藤村氏はこの会社の社長だったので、文中で使っているわけです。また、「オーディオ・ライティング」は、「テープリライト」と同じく、テープ起こし・音声起こしの意味として使われています。

 

さて。私は「国際会議などにおける通訳の日本語」を起こすことがよくあります。

 

国際会議というのは、政府主催の公的な会議などに限りません。今は社内会議さえ、国際展開している大企業などでは、海外の支店や子会社からさまざまな国籍の人が参加する時代です。そういう会議では英語が主に使われ、日本国内勤務の日本人も、半数以上は英語でプレゼンしていたりします。

話者が1センテンスしゃべったら通訳がそれを訳し、また話者がしゃべり…という「逐次通訳」の場合もありますが、同時通訳を行う会社もかなりあります(同時通訳を行うには通訳ブースや音響システムなどが必要になるので、大掛かりです)。

 

たしかに同時通訳の日本語というのは、ややこしい、変な日本語です。

文章の翻訳なら何度も読み直したり調べたりできますが、同時通訳はその場で日本語に訳すわけですから、ある程度は仕方ありません。迷って言い直していたら、話は先へ進んでしまいます。日本語と英語は語順が大きく違うという問題もあります。

 

単純でかわいいミスとして、通訳さんが「キャリキ」と言っているのを聞いたことがあります。「carrer」を「経歴」と頭の中で訳し、「でも、最近は日本語でも経歴よりキャリアのほうが適切か?」と一瞬迷って、思わず両者が混ざって「キャリキ」になってしまったのでしょう。

 

ですからこそ」が口癖のような通訳さんもいます。結構ひんぱんに出てくるので、もとの言葉は「で、」に類するような、何か単純な英語ではないかと思います。

あるいは特定の英単語ではなく、いやもしかしたら、英語としては全く出てこないのに日本語として入れているだけかもしれません。

 

日本人は、前の言葉と意味的につながっていることを強調したがります。「……なんですけど、これは……でして、そのために……でありまして、そこで……ということもあるわけでして」と、いつまでも文を切らずにつなげようとします。

元の英語のスピーチがパキパキとセンテンスを並べるタイプだと、そのまま日本語にしてはぶっきらぼうに聞こえてしまう。それをやわらげようという配慮から、丁寧につなげる表現として「ですからこそ」が多用されているのかもしれないわけです。

 

通訳は10分か15分ずつローテーションします。そのため、長いプレゼンなどは前半の通訳が「ですからこそ、」をやたら使い、後半の通訳は「ですからこそ」を全く使わないという状態だったりします。ある程度統一された日本語に直すのは結構大変です。

 

でも、原語を録音してテープ起こしするほうがずっといいとまでは、私は感じません。

特に、日本人の話者が英語でしゃべる場合、その人が日本語でしゃべるよりも、いいスピーチになっているかもしれません。英語のほうが、ちゃんと準備して臨んでいるでしょうから。

 

日本人がしゃべる日本語は、文字に書き起こすと分かりにくいものになりがちです。

実際、この本には福田元首相のある日の演説の書き起こしが載っています。

 

これは各界えらい苦心が、苦心がありまするけれどもです、しかし、エー、フクー、福田赳夫を前に、エーこのー激動の中で、日本丸を安全性、運転せよというのが、私は、天の命令である。(拍手)

このように考えまして、いま、日本丸の、オー、この、オー、つつがない航路、これを念願し、祈りながらですネ、エーまあ取り組んで行こうと、こういうことであります。(『話し言葉と書き言葉』より)

 

これは、言い間違いや間投詞などのいわゆるケバまで全部起こしているため特にひどいですが、ケバを削除してもやっぱり変であることに変わりはありません。「福田赳夫を前に」の「前に」って何だとか、「祈願し、祈りながら」はくどいんじゃないかとか、突っ込みどころ満載です。

 

日本人の日本語をどうやってある程度整えて文字化するかというのが、この藤村氏の本のメインテーマになっているわけですから、原語なら正しく整然と発話されるというわけではないと思います。

(私はそう推測していますが、実は、決然と主張するだけの根拠は持っていません。問題は、私の英語力のなさで…。英語のプレゼン音声を聞いたところで、ごちゃごちゃなのか理路整然と語られているのか、しっかりと判断することはできそうにないからです)